ムトウ削節店二代目 武藤一九治 ヘッダー

日本料理の土台を支える出汁。
その出汁を取る材料として、昆布とならび欠かせない食材が削り節。
黄金色に輝き透き通る出汁は、日本人なら切っても切り離せない味です。
かつお節は世界一固い食べ物としてギネスブックにも認定されています。

昭和4年の世界恐慌のあおりを受けて

大正十五年生まれ、御年89歳にして現役で削節を作り続ける武藤一九治さん。
一九治で二代目となるムトウ削節店ですが、今現在こうして削節を続けている間には、波瀾万丈の人生がありました。

そもそも、静岡県沼津に住まわれていた武藤さんが生まれたのは、第二次世界大戦前。
激動の時代の中、昭和4年に起きた世界恐慌のあおりを受けて、母親方の実家のあった現土浦市に移って来たのが土浦市との接点。
今でこそ面影もありませんが、土浦は水路が巡る水運の街。
醤油を始め様々な特産品が船で霞ヶ浦を下り、利根川を経て東京へ出荷されていました。
当時、海に面した沼津には、削節店が沢山ありましたが、土浦には一件も無いことに目をつけ、
沼津で修行し削節店を始めたのが、一九治さんのお父さん。
まったく下地の無い状態からの開店で苦労の連続。
ちんどん屋を使ってお店を宣伝したり、削節を知ってもらう為にいろいろ大変だったそうです。
今から約83年前のことだそうです。

その後の第二次世界大戦では、戦争中物資が手に入らなくなり、さらに一九治さんも出兵することにもなり、お店は残念ながら廃業。
終戦間際には、土浦の街にも空襲が襲ったそうです。
終戦後改めて開店。
現在は、土浦市内にも数店舗削節店があるそうですが、その魁がムトウ削節店です。ムトウ削節店二代目 武藤一九治 制作風景

 

100分の1ミリにこだわる

削節と言っても素材はさまざま。
一番思い浮かぶのは、ベージュ色でカサカサした固いかつお節ではないでしょうか?
これは、かつお節の中でも「本枯れ節」といって、さまざまな行程の最期にカビ付けをして熟成しさらに天日干しをする。
この行程を3〜4回繰り返し出来上がるのが高級品の本枯れ節。
一般的に売られている削ってあるかつお節では、まず使われることはありません。
普段使われるのは、カビ付けする前の「荒節」とよばれる鰹節。
これを、一つ一つ昔ながらの機械を使い削っているのが、ムトウ削節店。

ムトウ削節店二代目 武藤一九治 削り節では、他の削節店とどこが違うかというとその薄さ。
100分の1ミリの暑さまで薄く削る技術を持つのが一九治さん。
機械を独自に調整して、この薄さ、技術にたどり着いたそうです。
機械の仕組みや削る歯などは企業秘密。
笑って、教えないよ!と言われてしまいました。
実際に削ったかつお節を見せて頂くと、向こう側が透けて見える程。
この薄さがかつお節本来の香りを引き出します。
削節には、かつお節の他にもさまざまな素材がありますが、ムトウさんで取り扱っているのは、かつお節とさば節。
鹿児島産100%の上質なかつお節とさば節を専門に取り扱っています。
上品な香りを求めるならかつお節。
しっかりした味を求めるならさば節がおすすめとのこと。
最近は、かつお節を使ったふりかけや、贅沢に削節を使っためんつゆやお出汁を開発。
ふりかけは、お弁当やおにぎりに混ぜても絶品。
一度使ったら、簡単に使えて料亭にも引けを取らない味と大好評。
暑い時期にはそうめんに。
冬には、お鍋やおうどんにぜひ一度お試し下さい。ムトウ削節店二代目 武藤一九治 商品



プロフィール

ムトウ削節店二代目 武藤一九治 imgムトウ削節店二代目 武藤 一九治

戦争の混乱にも負けず削節を守り続ける。
100分の1ミリにこだわり技術を磨き、生涯現役で削節を削り続ける。6っこく内ショップはこちら